現れない待ち人

2009年のことです。

ソウルの博物館ツアーに参加された
90才すぎのお客様が、
ホテルでひたすら人を待っておられました。

いつもセミナーに熱心にご参加いただいていましたが、
あまり健脚とはいえない状況やご年齢。
普段そんなに現地巡りをしているようにも伺っておらず、
内心ご参加をちょっと意外に思っていました。

いつも明るい方で、いろいろ話して下さいました。

終戦前までソウルに住んでいたこと。
そのころのご家族のこと。
ツアーの目的の中央博物館あたりの当時の様子。
(中央博は国連軍移転後の広大な跡地です)

そうか、それらを見たいのだ、
と単純に心得て、ソウルをご一緒していました。

 

ところが、

ホテルへ戻ると、ずっとロビーに座っておられます。
一部日程では同行せず、その間もずっとロビーに。
表情は一転、思い詰めたようなお顔で。

 

会いに来る人がいる、というのです。

声をかけると

「連絡が届いたかはわからんのですけどね」
「来るかどうかはわからんのですけどね」
私の顔を見ると破顔一笑、
哀しいぐらい明るく振る舞いそうおっしゃるのです。

そういうことなのか‥。
きっと現れないんだろうな。
ご本人もわかっておられるんだろうな。

そう思うだけにいたたまれず、
心配で何度も覗きながら、
でもなかなか声をかけられませんでした。

最後の日、大きな声でアハハと笑いながら、
「いやあ、来ませんでしたなあ!」と。

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時々あの光景を思い出します。

あの時は私は今よりずっとものを知らず、
想像し得なかったけれど、

その「友だち」は、

友だちだったのだろうか。
どんな別れだったのだろうか。
今まで消息が不明だったのだろうか。
朝鮮半島の人だったのかもしれない、そうなのだろう。
南北どちらにいるのかもわからないのかもしれない。
会って何を話したかったのだろう。
それと、、
それに、、。

あの時、窓の外を眺めていた目に写っていた風景は、
当時のものだったのかもしれない。
目の前にその人は現れなくても、
頭の中で当時を過ごしておられたのかもしれない。

待ち人が来ない、ということを、
見ていては悪いように思ってしまった。

 

遠くからそっと見ることしかできなかった自分を悔いている。

聞き役になれれば、
もしかしたらお話なさりたいこともあったかもしれない。
お話したくはなかったかもしれない。

どちらでもいい、
一度、座ってみればよかったと悔いている。

おそらくは、ずっと渡韓されたことがなく、
驚くほどの変貌を遂げた大都会ソウルで、
何を思われたのだろう。

お聞きしてみたかった。

もしかしたら、
もしかしたらだけれど、
ご本人も、
何かを何処かに吐き出したい思いを
持っていらしたかもしれない。

お聞きしておけばよかった。