色鮮やかばかりが装飾じゃない。
「線刻」の面白さにもノックアウトされます。「線刻」とは言葉のとおり、横穴墓の入り口や石室内部の壁や石棺などを、彫刻で飾ったものです。色で絵を描くのでなく、彫刻芸術を刻むのです。
肥後の装飾古墳には線刻も多いのが魅力です。目を凝らして岩面に浮き上がる絵を探す楽しみは、なぜか深みに引きずり込まれる魔力があるように感じます。
気づくと、見学のメンバーが一丸となって、
双眼鏡を手に、
あるいはマグライトを手に、
半分はいずるようにしながら、
「あ、わかった!」
「どれが!?」
「あのヘコミの右斜め上」
「あ、あれね!」
と、同じものをみているやら実はわからないうちにも、一体感が醸し出されてきます。‥‥たのしい。
大村横穴群には、武具や幾何学文様が描かれています。武人の大切な道具だった、靭(ゆき)・鞆(とも)・矢・刀子のほか、親子に見える馬や馬鐸も見えます。馬がいかに大切な存在だったかが伝わります。
仔馬の姿がかわいい。1400年前の人が、この絵を刻んだのです。どんな気持ちでこのかわいい姿を残したのでしょう。
横穴墓群がずらりと崖に並ぶこうした場所は、人里離れた山奥だろうとイメージする方もいらっしゃるかもしれません。そんなことはなく、古代のお宝は意外と身近な場所に在ります。
この大村横穴群は、JR人吉駅と道を挟んだ向かい側。プラットフォームに立つと目の前に広がっていますし、ホームに解説まであります。
人吉の盆地の美しさ。
JRの蒸気機関車や
くま川鉄道が走るのどかな風景。
豊かさの源、球磨川の急流や渓谷。
古代に文化が栄えるのはこういう場所なのだと、体で理解できます。くま川鉄道の鉄橋は文化財の連続で、かわいい列車「田園シンフォニー」も駅弁も特筆ものです!
人はいつの時代も、豊かな良い場所に住みたいのです。幾重にも暮らしを重ね続けているのですね。だから遺跡は、誰にとってもすぐ近くに、先人の暮らしの跡として在るはず、です。
*
装飾古墳王国・九州の、
大村横穴群(熊本県人吉市)
大正時代に国史跡(=史跡の重要文化財)に指定され、早くから注目されていた遺跡です。6~7世紀の古墳、800mにわたり27基の横穴が連なります。
*現地では立ち入り禁止エリアもあり、足元もあぶない箇所があります。くれぐれも無理は禁物、ご注意ください
【写真コーナー】——————–
大村横穴群全景。道路を挟んでこちら側はJRとくまがわ鉄道の人吉駅
現地の案内板を見ながら、図柄を探す楽しみ。これは11号
武人が身に着けた大切なものばかり。靭(ゆぎ)=矢筒、鞆(とも)=弓を射る時に手の甲を保護、弓、刀子
11号横穴墓。解説図のとおり絵がみえる
11号横穴墓。入口左側の靭(ゆき)や円文
11号横穴墓。入口右側の靭(ゆき)
7号横穴墓の解説。三角文で入口を飾り、左手には馬や馬鐸
7号横穴墓。三角文がみえる。左手の馬はこの角度ではみえない
7号横穴墓。入口を飾る三角文と右手の靭(ゆき)・弓
7号横穴墓。角度を変えて右方角からみると馬が見える!
7号横穴墓。入口左手のアップ。上に馬が3頭、下に馬が2頭。小さな仔馬も目視できた!その左に馬鐸が。
立ち入れないのでかなり遠くからかなり小さな馬をみました。これを1400年前に刻んでいる姿を想像する。たのしい。馬は大事な家族だったんですよね。
崖面に横穴が続く。丘陵を散策すると別のポイントにも横穴が
大村古墳群はJR人吉駅&くま川鉄道人吉温泉駅の裏手に見えている低い丘陵です。人吉駅は国史跡「人吉城」を模したレトロな駅舎。広場には天守閣のからくり時計があります。駅の正面から駅舎内をわたって向こうの横穴群へ行ってみます。
なつかしい風景を見ながら線路を越える
駅舎の通路にもこんな案内板。韓国語もありますね
構内にも大村横穴群の解説がある
駅の裏側に見えてきました。ワクワク
降りるとそこは国史跡・大村横穴群。本当に駅の真ん前!
双眼鏡は必携です。同行の方に貸して頂き感謝。仔馬が手に取るように見えました。遺跡見学では近づけないことも多いので、七つ道具のひとつに双眼鏡はぜひ。解説も充実していて、遠い壁面の装飾をさがすのにとてもわかりやすく親切です。